森見登美彦『熱帯』の驚愕の結末 ネタバレ含むあらすじ考察

Contents

第一章 沈黙読書会

冒頭、登場する主人公はまさかの森見さんご本人。

京都で大学生活ののちに、東京で作家と国立国会図書館の職員という二足の草鞋生活をへて、奈良に戻った森見さんは、次回作の締め切りに追われる生活のなかで、ふと昔読んだ「熱帯」という本のことを思いだします。

その本書かれていたのは無人島に流れ着いた男の物語。そこで出会う佐山尚一という男。目に見えない不可視群島。

不思議な世界観に心惹かれながら、大切に読もうと思った矢先に、この本は森見さんの手元から煙のごとく消えてしまいます。

あの小説の結末は何だったのか、そんなことを考えながら、森見さんは国会図書館の友人の誘いで「沈黙読書会」に参加。そこでその「熱帯」をもつ若い女性と出会うのです。

もうこれだけで、ワクワクが止まりません。

しかし、その女性は森見さんに「熱帯」を読ませてはくれません。それどころか「この小説は誰も読み終えることができないのです」と言います。

それはなぜか。彼女はそこで一つの物語を物語始めます。

それは「熱帯」をめぐる「学団」のお話。

第二章 学団の男

彼女が語る物語の登場人物は、「熱帯」の謎を追う「学団」のお話。

舞台は有楽町の雑居ビルにある鉄道模型店。そこで働く白石さんは、毎週決まった日に訪ねてくる男性の池内さんと親しくなります。

池内さんは「熱帯」の謎を調べるグループ「学団」のメンバー。彼は昔読んだ「熱帯」の内容を忘れないように黒いノートにその内容を書きとどめ、ほかのメンバーと共有することで熱帯の全体像をつかもうとしていました。

そして、実は白石さんもその本を読んだことがあることがわかり、彼女は池内さんから学団のメンバーに誘われます。

ベレーさん

がりがり君

マダム

とあだ名された学団メンバーたちは、それぞれ「熱帯」を読んだことがあるが、誰もが途中までしか読んでいないとう点が共通していました。

そしてなんとかその全容をつかもうと、お互いが読んだ「熱帯」のあらすじを思い出しては大判の紙に寄せ書きしてつなぎ合わせ一片の物語にしようと、議論を重ねていたのです。

しかし、彼らがお記憶している物語は、序盤こそ鮮明で共通しているのですが、後半に行けば行くほど内容はあいまいになり、混乱し、どうしてもその先に進めなくなる。彼らはその部分を「無風帯」と名付け、その先へ進む新しい風として白石さんに期待します。

当初は、記憶があいまいだった白石さんですが、ふとしたきっかけから「満月の魔女」の住む宮殿のイメージを思い出し、それに触発されたメンバーはそれぞれ独自の動きを見せ始めます。

奇妙な妄想に取り込まれたガリガリ君とベレーさん、白石さんを自宅に招き「私の熱帯だけが本物なの」と言い残して消えたマダム。そしてそのマダムを追って京都へ向かい消息をたった池内さん。

そして数日ののちに、池内さんから白石さんに当てて一冊の手記が書かれたノートが届くのでした。

第三章 満月の魔女

そして、この手記のなかで主人公は池内さんとなり、彼は消えたマダムこと千夜さんを追って京都の町をさまよいます。そこで出会うのは、芳蓮堂という骨董屋の主人のナツメさんや(「きつねのはなし」ファンには嬉しいコラボです)

満月の魔女という絵画を描いた画家の孫にあたる牧さんという女性、そして千夜さんの友人で、「熱帯」の作者でもある佐山尚一の友人でもある今西さん

彼らの協力を得ながら、池内さんは消えた千夜さんの足跡をたどり、彼女の父親の永瀬栄造氏の愛用品だったカードボックスを見つけます。

そのカードボックスには、これまでの池内さんの行動がまるでその一つひとつを言い当てるように書かれていました。そこに係れた結末を確かめるべく、最後のカードに書かれた場所にむかった池内さんはそこで、牧さんと再会し、永瀬栄造氏の蔵書が眠る彼女の祖父の書斎へといざなわれます。

そこで池内さんは暗闇から聞こえる千夜さんの声に導かれ、一冊のノートに向き合い、そこで物語を書き始めるのでした。

そのはじまりは「熱帯」のそれ。

第四章 不可の視群島

正直、私には前章までが最高でした。

まず、舞台が現代の東京や京都の街であり、登場人物もリアリティを保ちながらも、どこかしら不思議なところがあり、「熱帯」という謎に吸い寄せられるように、少しずつ現実と非現実の境界があいまいになっていくところがたまなく面白く、思わずいつもの出社時間を後ろに倒してまで駅のベンチで読みすすめたほどです。

しかし、この不可視群島から振り落とされてしました。

この章から、「熱帯」はファンタジーの様相を強く呈していきます。

池内さんが書き進める物語の「主人公」は記憶をなくした青年。彼はある島に流れ着き、記憶も、名前も思い出せません。

そして彼は、そこで一人の男と出会います。

彼の名前は佐山尚一。

彼は、この不可視群島を支配する魔王から「創造の魔術」の秘密を盗み出すことをねらう「学団」の男でした。

佐山は記憶のない男を「ネモ」と名付け、彼こそが魔王の支配から不可視群島を開放する鍵だと言います。

ネモは佐山の言葉通り、創造の魔術を使って、島を生み出し、そこで佐山に敵対して砲台を守っていた図書館長を捕虜とします。

そして、そこで魔王の娘と出会います。

その魔王の娘こそ、若き千夜さんだったのです。

つまり千夜さんの父である永瀬栄造氏こそが魔王。

魔王からこの海域を開放してほしいと望む千夜さんの助けをかりて、創造の魔術をつかって生み出した島に上陸するネモ。そこ出会う芳蓮堂の主人と幼いナツメ。自分は過去のネモであり、ネモの未来が自分であると語る海賊シンドバッド、死んだはずの佐山、様々な人物の思惑が入り乱れ、彼らは創造の魔術の生みの親である「満月の魔女」が住む宮殿を目指すのです。

このあたりから、雲行きは怪しくなり、私は「熱帯」という高速トレインから振り落とされてしまいました。

第五章 熱帯の誕生

※厳密にはこの章のわけは本書とはちょっと違います。

ネモは図書館長(今西さん)と千夜さんを助けるために、創造の魔術をつかい、吉田山の節分祭の夜を「創造」し、そこにいる魔王永瀬栄造に会いに行きます。そこで、彼は永瀬栄造からカードボックスとともにある物語を託されます。

永瀬栄造も、かつて満州でかつてある物語を託され、その物語もまたさらに前の男から託されたものだったのです。

それは永遠に終わらない千夜一夜の物語。シェラハザードは自らの命を長らえるために、王に聞かせたいくつもの物語。それらは彼女の「生きたい」という望みに従って増殖し続ける。終わらない物語。その千夜一夜の物語のいくつもの異本の一つ、それが「熱帯」だったのです。

「熱帯」は、物語ることで生み出され、生み出された登場人物がまた「熱帯」を物語ることで終わりなく続く、永遠の物語。千夜一夜を彩るひとつの無限の夜。

そして自分が「熱帯」の作者、佐山尚一の一人であることを思い出したネモ、佐山は、帰還したもう一つの世界で、千夜や今西とともにある読書会に出かけます。それは沈黙読書会。謎のある本を持ちよる読書人の集い。

そこには20代の女性が参加しており、彼女が手にした本は

森見登美彦作「熱帯」。

そして物語はこの言葉とともに終わるのです。

かくして彼女は語り始め、ここに『熱帯』の門は開く。

感想

千夜一夜をモチーフにした物語の入れ子構造を持つ本書。冒頭に書かれた沈黙読書会から始まった物語が、沈黙読書会をもって終わる。しかし、ここで登場する『熱帯』はすでに佐山尚一の熱帯にまつわる森見さんの「熱帯」にすり替わっているのです。

これは千夜一夜の終わりのオマージュでもあるのでしょう。千夜一夜物語で、結末に、この物語が王の宝物庫に納められたと書かれて終わります。しかし、その物語自体が、千夜一夜物語なのですから、それが書かれた千夜一夜と、宝物庫に納められた千夜一夜とは当然別物。この入れ子構造のような無限のつらなりが、森見さんの「熱帯」のラストでも鮮やかに表現されています。

佐山尚一の熱帯と森見さんの熱帯、この二つが登場する森見登美彦作「熱帯」。第四章と第五章がファンタジックに寄りすぎて説明があまりないわいに冗長だったので全体の締まりとして今一つでしたが、このラストをもって、おそらく作者のねらいは十分に達成され、それをもって怪作と表現するのは正しく、間違ってはいないと思います。

「夜行」や「きつねのはなし」などの森見さんのダーク系がお好きなひとは前半は特に楽しめますし、ファンタジックな作風が好きな方は後半も楽しめるのではないでしょうか。

私自身は「きつねのはなし」が大好きですが、森見さんに出会ったのは「太陽の塔」で、これ以上の青春小説はないと今でも思っているくらいなので、どちらも好きなのですが、本作は前半はどちらかといえば、「きつねのはなし」に近く、後半はどちらともつかない新境地といったところでしょうか。

個人的には前半の流れを引き継いで、ファンタジー要素が抑えられているともっとよかったと思います。

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