なかなか面白い本を読みました。
題して『プア充』
宗教学者で作家でNPO法人葬送の自由をすすめる会会長、という肩書だけよんでもまったくどんな方かわからない島田裕己さんの本で、普通のビジネス書かと思いきや物語で進むいわるゆ「もしドラ」形式。
IT系のブラック企業に勤める30歳の若者(といっていいのか、30歳って本当に微妙な年ごろだが)が会社の倒産をきっかけにそれまでの生き方を見直し、少ない収入でも心の安定と健やかな生活を得るために、仕事をかえ、生活を見直し、その過程で出会う女性と心を通わせていくという、ご都合主義と言ってしまえばそれまでのストーリーです。
島田さんはおそらくこの青年自身でもあり。この物語のなかに主人公のかつての恩師として登場する大学教授の先生のモデルでもあるのでしょう。
- 欲を持ちすぎず、現状に満足する「小欲知足」がプア充の理想
- お金がない人ほど結婚すべき
- プア充を実践したければ老舗で”ダサい”安定した企業に勤めよ
- 待つことは快楽を味わうために大切。禁欲しているからこそ、ハレの時を楽しめる
- お金があると、「待つ」楽しみが奪われてしまう。ある程度制限がある方が人生は楽しい
- 結局、生活が豊かすぎて余裕があるために、不安を自ら勝手に想像して苦しんでしまっている
- 日常生活を工夫し、楽しむ努力が大切
総論も各論も悪くないです。
ただ、ちょっと気になるのは、最終的には人に助けられて、良縁に恵まれたなかで、彼はプア充の良さを自覚していくわけですが、そういったご縁のないなかでプア充を実践するのは相当つらいだろうということですね。
いつでも相談に乗ってくれる大学の恩師、そこで出会う同じ価値観の女性、ブラック企業がつぶれたあとも、自分の世話をしてくれる部長、そういった人たちがいるなかで、彼はプア充に目覚めていくわけですが、これが卵が先なのか鶏が先なのか。
そのあたりは悩ましいなと思って読みました。
ただ、人間関係の部分でも、こういう考え方に自覚的に、打算ではなく恩や義理といったものを大切にしたり、生活を工夫する過程での出会いを大事にするなど、方向性として、こちらの方面に動いていけば、ご縁もでてくる、というのはそうかな、とは思います。
お金って、とても怖いモノで、ある種、縁を断ち切ってしまうところがあるんですよね。
例えば、100円を払わずに、縁日で売っているラムネを買うことはできませんが、その縁日のおじさんに頼み込んで、一日働かせてもらったり、何かしらの手伝いをすることで、そのラムネをただでもらうことは可能かもしれません。
そういうことをすれば、100円払って買う以上のご縁が、そのおじさんとできることになります。コンビニでも、チェーンでも、なんでもそうですが、都会ではお金さえあれば、ほぼすべてのニーズを満たすことができます。
お金がないと何もできません。というか、できないと思い込まされています。
本来、何かしらの工夫と行動によって、お金という手段を使わなくても人に頼れたり、お願いができたり、関係がつくれるかもしれないところを、お金は遮断してしまいます。
お金を使わないで、昼飯を食べれないか?
東京のど真ん中で、そう考えて1日過ごすだけで、これはすごい冒険になります。
私も想像もつきませんが(笑)
プア充は、物語としては、ちょっとご都合主義なところもありますが、この点、考えさせるきっかけをくれたので、気に入っています。
ぜひ、ご一読ください。