なんか、ロボットみたいな感じが気に入っています。
さて、今日は体調がいま一つだったので、決まっていた飲み会を1つキャンセルして家で休んでいました。読むともなしにネットを観ていたのですが、そのとき気になったのがこのニュース。
トレンドブログというのは「あの事件の関係者〇〇について調べてみました」といったまとめサイトをよく見かけますが、あれのことですね。
タイムリーに、いま話題の事件やニュースに関連した情報をまとめていて、結構よく見かけます。信憑性などに疑問符がついて、その功罪についてはいろいろな議論がありますが、PVが稼げるということは見たい人がいる、ということで需要はあるのですね。
ブログのようなものをやっている人は、ある程度自己顕示欲というか、自分の好きなことを知ってほしい、というような承認欲求があると(私も含めて)思うのですが、トレンドブログはそこのところは割り切って、人が知りたいと思うことを提供するというスタンスがはっきりしています。
自分のことを知ってほしい、というサイトのPVがまあほとんど伸びないのに対して、トレンドサイトがよく読まれる、というのはコンテンツ提供側にとっては一つの示唆ではあります。当たり前ですが。
ただ、トレンドサイトで修業を積んだ人が、徐々に自分の興味のある特化型サイトに移行していく、という話が、上記のニュースにもありますが、やはり人は望まれるものだけをアウトプットしているともたない存在なのでしょうね。
しかし、人として望まれる、というレベルは芸能人や著名人などの「何者か」である人に限られます。
そうでない人がブログを書く意味は何なのか。読む側と書く側の意味が交差するところはどこにあるのか。
私は、自分の経験をどれだけ他の人にとって役立つ形に変換できるかにかかっていると思っています。
たとえば、洗濯機がぶっこわれて、それを直したときの記事はこのブログでわりに読まれています。モノを使ってどう感じたか、というモノ記事も、購買検討中の方などが読んでくださっているのか割と読まれます。
特に、これ買いました、という話だけでなくどうして買ったか、買ってどうだったか、何がまずくて何がよかったか、他の人にとって参考になるレベルまで経験をまとめてあるかどうかで、PVはまったく違ってきます。
ニッチであっても、誰かの人生や生活のなかで経験から何かを学び取ったり、感じたりしたことは、サンプルとして他のだれかに役に立つ(ことがある)ひとつでもそういうことがあればいいと、そう思って書くしかない。トレンドとは程遠いですが、そこに少しでも喜びを見出せるかどうかが、個人ブログが続くかどうかの分かれ目のような気がします。