『屍人荘の殺人』の以下はネタバレを含む考察です。当初はネタバレをしないで感想を書いていましたが、あまりの展開に、どうしてもネタバレトークがしたくなり、既読の友人と盛り上がってしまいました。その内容をまとめてお送りします。
ネタバレを避けたい方はこちらの記事をご覧ください。また、これはトリックについての考察というよりも、特定の登場人物についての末路についての考察に力点が置かれていますので、未読の方はご遠慮ください。
Contents
明智君「うまくいかないものだな」じゃないですよ!
明智恭介といういかにもな、名前で、冒頭から多少無理がありながらもほほえましい推理合戦を主人公と繰り広げていた強烈なメガネキャラが、物語序盤でまさかの退場!
しかもあっさりとゾンビに食われるという展開に、度肝を抜かれたかたも多かったのではないでしょうか。
明智と名の付く登場人物がこれだけあっさり退場したことは
古今例がなかったのではないかと思います。
明智君いらない説
さらに、この小説のヒロインである剣崎比留子嬢は、なぜか主人公を理想のワトソンと見定めて、かれを自分の相棒にするべく、なぜか映画研究会の合宿に明智君とセットで参加させるという強引な手段でお近づきになるわけですが、この理由がまったくわからない。
主人公が自称探偵の明智君の相棒だからということが理由になっていますが、だからといって、それが彼女の「殺人事件が寄ってくる体質」の良き理解者になる保証はどこにもありません。なぜなら主人公はまだ明智君と殺人事件のような危ない橋を渡った経験があるわけではないから。そんな危ない橋に黙ってついてきてくれる人物だという保証は全くありません。
明智君が主人公に執着する理由は、まだわかります。冒頭で少なくないページ数を費やして語られたミステリー研究会とミステリー愛好会のいきさつを読めば、明智君が主人公を手放したくない理由はまだわかります。
そんな明智君をあっさりとゾンビに食わせておいて、剣崎女史と主人公の物語にする必然性は実は全然ないのです。
明智恭子でいいんじゃないか説
いっそのこと、明智恭子さんにして、序盤の設定はそのままに、横から当て馬のごとくちゃちゃを入れてくる剣崎女史をゾンビに食わせる方がよほどしっくりくるのではないかと思うのです。いや、いっそのこと剣崎女史はまったくいらず、明智恭子が最後に主人公に恋慕してくるモブキャラのゾンビを「これは私のワトソン」といって打ち倒せば、それでよかったのではないかと。
そもそも、剣崎女史がなぜ主人公にこれだけ気持ちを寄せるのか、その理由もわからない。ほぼ初対面です。
これはもののけ姫で、なぜ、あの短期間でサンがアシタカに惚れたのかまったくわからない、いわゆるサンアシタカ問題と同じです。
まだ明智君が主人公に入れ込んでいる理由の方が読者は納得できます。
犯人の動機が浅い説
犯人はゾンビに囲まれながらも、目的を遂行するというシリアルキラーさんですが、その理由が昔からお世話になっていた先輩が男に弄ばれて自殺したから、という確かに重いんですが、まわりをゾンビに囲まれながらも淡々と連続殺人を実行できるほどのトラウマとはとても思えない。実は被害者に肉親でした、というくらいのフォローがあってもよかったのではないかと思われるくらい、動機が浅いのです。
これはシリアルキラーに動機はいらない問題と私は呼んでいますが
新本格は本当にトリック重視で動機がないがしろにされるので、逆にこれこそ、新本格の証ではないかと思うくらいです。また主人公も叙述トリックで犯行に荷担しますが、その理由がまったくわからない。震災のトラウマの軽重についてはもちろん論じることはできませんが、犯行を秘匿するほどのトラウマかといえば、被災者の方に逆に失礼ではないかと思うレベルです。
しかし、トリックはフェア説
とはいえ、この小説はれっきとした新本格です。トリックはあくまでもフェアに、ゾンビや明智君の突然の退場などツッコミどころは満載ですが、トリック自体はじっかりと練られており、消去法でしっかりと読み込めば自力で犯人にたどり着くことができます(ただし、モブキャラをすごい勢いでゾンビが平らげてしまうので、容疑者が絞られまくっており、だいたいのあたりをつけるのはそれほど難しくないのですが…あと叙述トリックも彼の動機の浅さからちょっと説得力がない)
そもそも新本格には動機もキャラも必要ないという説もあります。私も綾辻先生の館シリーズの登場人物は名前も覚えていませんし、動機も忘れています。しかし、時計館のトリックは本当に見事でした。
そういう意味ではこの屍人荘の殺人は見事な新本格です。読んで損はありません。
明智君は、まあいらなかったと思いますけど…。
でも、これほど、読んで人に話したくなる小説はなかなかありません。