北大路魯山人が「整理道」について語ったなら

北大路魯山人の魯山人味道を読み、その断言調の文章を真似て整理道について考えをまとめてみました。ご笑覧ください。なお、アイキャッチは本文とはなんの関係もありません。

整理とは、いるものといらぬものを振り分けることであり、単に物が少ないということとは訳が違う。見かけはおなじに見えるかもしれないが、そこにいたる過程が大いに違うのだ。現今、シンプルライフやミニマリストといった言葉が一人歩きし、単に物が少ないことを競うがごとき風潮にあるが、これは整理の真髄を履き違えていると言わざるを得ない。整理の行き届いた人とは、自分、もしくは自分の役割、目指すところに従って何が大事かということを一点の曇りなく熟知している。包丁なら何本いるのか、器なら何が必用か、それぞれの用途、目的、趣向に合わせたものを熟考し、その組み合わせに二つとないところに、整理の真髄がある。それをなんでもかんでも、もしかしたら使うかもしれぬと取りおけば、この抜き差しならぬ関係を突き詰めることもなく、その道は棒漠としたものになろうし、ただシンプルにモノの少なければよしと、ひたすら手放し、いざこのとき、この場合にぴたりとくる道具がなければ、じつに味気ない。また、なんでもかんでも一つの椀、一つの衣で用を足そうというのも感心せぬ。それでは、人生の豊かさをなかば放棄したようなものであり、厳しくみれば、思考の放棄である。

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