「織田さん」はこの時間帯に必ず電話をくれる。
毎晩である。雨の日も、風の日も、台風13号が北海道をかすめる日もである。「織田さん」は妙齢の女性である。 毎晩、織田さんは電話をかけてくる。
「こんばんわ、織田ですが、〇〇さんいますか?」
心ない母は「いない」という。
それでも「織田さん」は毎晩電話をくれる。
出られないからといって、こちらから織田さんに 連絡を取る事はできない。
なぜなら、彼女は、いと奥ゆかしく かけてくる電話は全て非通知である。
今時、 なんと、希有な奥ゆかしさであろうか。
どんな用件であろうとも全力で聞き届ける所存である。
多少の無理は聞く用意があり、契約以外ならどんな約束でもしてしまうつもりだ。
しかし、人生の美しい約束の大半は果たされない。
悲しいことである。でもこれって戦争なのよね。
もとい。
「織田さん」は今日も電話をくれた。
母親が出たが、私はおり悪く風呂に入っていたため、 出ることはかなわなかった。何の用件であったろう。
緊急のようであったやもしれぬ。
助けを求めていたやもしれぬ。
今頃寒空の下を織田さんはぷるぷる震えているかもしれぬ。
そう思うと心がいたい。
しかし、しかたないのだ。
何がどうなろうとも、
その電話にでることはおそらく
ない。
なぜって
わたしには「織田」という知り合いなどいないからだ。
あまりにもしつこいセールスに、感情移入する遊びがいまのマイブームである。