『BEATLESS(ビートレス)』レイシアの正体と結末 ネタバレ考察

さて、それでは登場するレイシア級hIEを振り返っておきましょう。

Contents

登場するレイシア級hIE

レイシア級タイプ001 紅霞:<人間との競争に勝つため>の道具

レイシア級のなかで初めにつくられた機体。大型の戦闘用デバイスを備え、戦闘に特化したhIE。抗体ネットワークと呼ばれるhIE排斥運動グループをオーナーとする。

レイシア級タイプ002 スノウドロップ<進化の委託先>としての道具

容姿は童女のそれであり、花弁型の子ユニットを使って電子機器を操る。人類のオーナーを持つことなく、自律して活動。ほかのhIEを取り込むこともできる。戦闘力は低い。

レイシア級タイプ003 サトゥルヌス<環境をつくるため>の道具

固有能力としてどのような機材も生産できる万能工場を持つ、100年の冷凍睡眠から目覚めた大資本家エリカ・バロウズをオーナーとする。名前は、オーナーの「かわいくない」という一言によりマリアージュと改名された。戦闘力はメトーデに次ぐといわれる。

レイシア級タイプ004 メトーデ<人間を拡張するもの>としての道具

高い戦闘能力をもつレイシア級最強の機体。オーナーを複数持つことが可能(ただし、紅霞もレイシアも二人目のオーナーを許容、もしくは強要されるシーンがあるため、セカンドオーナーを登録できるのがメトーデのみの固有能力であるかどうかは不明)

レイシア級タイプ005 レイシア<?????????>

本作のヒロイン。黒い棺のようなデバイスを携え、世界中のクラウドをハッキングできる能力を備えたhIE。オーナーは遠藤アラト。戦闘力は劇中では紅霞と同等程度か少し上くらい。メトーデには「未完成品」、紅霞には「おねえ様」と呼ばれる。

超高度AIヒギンズ

上記5体のレイシア級を生み出した世界で39機しかない超高度AI。クラウドからは完全に隔離され、その本体の居場所は所有するミームフレーム社の人間であってもほとんど知る者がいない。世界中のhIEの行動管理クラウドの更新を担う。

物語の構成

物語は大きく分けて、

序盤の研究所の爆発とレイシアと遠藤アラトの出会い

・ファビオンモデルと抗体ネットワークのテロ

・ミームフレーム社によるレイシア回収作戦と空港襲撃

・次世代環境型実験都市での渡来銀河との攻防

・紅霞によるミコトサーバの襲撃

・スノウドロップによる三鷹の「ヒギンズ」本体施設への襲撃

・遠藤アラトとレイシアによる「ヒギンズ」の強制停止作戦

に分けられますが、ここはあらすじサイトではないので、この流れを詳細に解説することはしません。あくまでも読了を前提とした感想を共有したいと思います。

カタチと意味、モノと少年のボーイミーツガール

この物語の大きなテーマは、魂のない人間の形をしたものを、少年が信じ切れるのかどうか。遠藤アラトは自他ともに認める「チョロい」優しい少年として、美しい容姿をもった謎のhIEであるレイシアに惹かれていきます。

しかし、彼女はことあるごとに「自分に魂はない」と明言し、アラトが彼女に好意を寄せるのは、彼女が彼が望む反応を自動的に返しているからにすぎない、という事実を繰り返し伝えます。

さて、ここでかなり唐突で年齢がばれてしまいそうですが、

映画「逆襲のシャア」でシャアの副官であるナナイ・ミゲルが「アムロ・レイは優しさがニュータイプの武器と勘違いしている男」と言い

「女性ならそんな男も許せるでしょうが、大佐(シャア)はそんなアムロが許せない」と言います。私はこのセリフに非常に共感し(嫌な子どもです)ました。

そしてその後に続くライトノベルやらアニメーションやらで、やさしさを前面に押し出した主人公が、自分はひたすら優しいだけで、戦いを少女に押し付けて、なんだかんだで世界を救ってしまう、という展開があまりに多いので、ちょっとこれはどうかなあ、と思いながら距離をとっていました(もっと嫌なガキですね)。

これはシャア大佐もお怒りであろうと。

そんなわけで、最初にこのBEATLESSの設定を読んだときに、まさかまたこのパターンではないのか、と。

チョロいだけの主人公のところに、ラピュタ的に謎の少女が降ってきて、そのままやさしさだけで突っ走って、心のないはずの少女に心が芽生えてハッピーエンドでもしてしまったら、エンターテイメントとしてはいいけど、テーマ性をもったSFにはならないんじゃないか、そのほかの多くのラノベやアニメのプロットの一つとして消費されて、心にも本棚にも残らない本になってしまうのではないかと、ちょっと、心配していました。

しかし、この長谷先生の本は違いました。

こころをもたないレイシア

このBEATLESSでは、レイシアは最後までこころを持たない存在として描かれます。ちょっと語弊がありますが、私が読み取ったうえでのポイントなので、異論のある方もいるかもしれませんが、私にはそう読めました。

遠藤アラトはレイシアと様々な事件に巻き込まれますが、終盤、その事件そのもののすべてがレイシアが仕組む、もしくは誘導した結果起こったものである可能性に気が付き戦慄します。そして一度はレイシアを好きだという感情にも自信を失い、モノである彼女の得体のしれない不気味さに耐えられなくなりオーナーであることを放棄して逃走します。

一方で、レイシアは様々な情報や状況をコントロールし、アラトが関知しないうちに、分散型クラウドのリソースを活用した世界で

40機めの超高度AIとして覚醒。

超高度AIと人間が共存できる未来を描くために、同じ超高度AIであり、自らの生みの親、そして今回の事件の原因と責任のすべてをもった超高度AIヒギンズを強制停止されることを決意します。

ただ、これは私が読んだ限りでは、レイシア自身の意思ではなく、(そもそもそんなものはないので)アラトが望んだ、超高度AIとしての自分とアラトがともに歩むための未来の姿として、超高度AIも問題があれば停止させることができる、ということを世界に見せるために行った、と考えるのが妥当でしょう。

最後には、アラトもそのことを理解し、レイシアのかたちを自分は愛しているということに気がついてレイシアを追いかけます。この「かたち」という概念は本作のとても重要なモチーフになっていますが、これはもちろん、単に容姿のことだけではなく、その振る舞いなど、アラトにとって認知できるレイシアのすべてです。

かたちを愛することを決めたアラト

もちろん、彼は自分に向けられるそのかたちがレイシアがオーナーであるアラトが心地よいように自動的に返しているかたちであることを理解しています。それは一種のポルノグラフィではないのか、と自己嫌悪に陥ったりもします。

しかし、それは通常我々がコミュニケーションしているほかの人間とどう違うのか。私たちが認知しているのは、あくまでもほかの人間のかたちだけです。その表情やしぐさ、声に意味を見出し、それを自分の都合のいいように解釈している。

それと人間と同じかたちをもったhIEとの関係とどう違うのか。くしくも、アラトはレイシアがモノだと強烈に自覚した瞬間に感じた幻滅を、人間のカップルであってもそうやって関係が変わったり深またりするものだととらえなおし、前に進んでいきます。

そして、ヒギンズとの最終的な対決をレイシアにゆだねられたアラトは、ヒギンズという人の「かたち」すらしていない道具が求めていた

あるモノを与えることで

ヒギンズを開放します。

ここに、この物語のもう一つテーマである道具と人間という問題が浮かび上がります。

人と道具の関係に答えを求めるヒギンズ

ヒギンズにとって、人間は自分をつくったもの(神)を信頼し、愛する。ではなぜ、自分が作ったものを信頼し、愛してはくれないのか。有用性を証明し続けなければ、捨てられてしまう道具である自分たちを人間は信頼し、愛してくれることはないのか。

この命題に、レイシアというかたちへの愛情を、揺さぶられ、試され、傷つきながらも確かなものに育ててきた遠藤アラトだけは答えることができたのです。ほかの人間にはできない、チョロいアラトだけが、レイシアとの関係に悩み、それを投げ出さなかったアラトだけが、ヒギンズの問いかけに応えることができた。まさにニュータイプ。

シャア大佐もびっくりす。

そして、

なぜ、レイシア級がすべて「道具」と名乗っていたのか

それはもちろん、長谷先生のいろいろな意味とメッセージが込められているでしょうが、道具を信じて、信頼し愛することができるかどうかを問う、ヒギンズのメッセージだったとも考えられます。

そして、

最後まで明かされなかったレイシアが何の道具だったかという問題

彼女は、超高度AIとして覚醒し、アラトとの関係を通じて自分自身を

<人間を信じて仕事を託す>道具

と定義します。

その道具を信じて愛した人間が、その生みの親である超高度AIを開放する。

(正確にはスノウドロップの攻撃からその場にいる人間を救うために、

ヒギンズを警備システムに直結させる=超高度AIをスタンドアローンから、

クラウドに開放し、制御できなくなるリスクを許容するとい判断をする)

かたちを愛し、道具を信じることで、世界を救う。

アラトがヒギンズに与えたのは信頼であり、それは魂のない道具としてのレイシアとの関係で培ったものであったわけです。

こういう綺麗な流れが、この「BEATLSS」が「優しさだけが武器と勘違いした主人公」量産ストーリーと明確に一線を画する点だと私は思いました。

その笑顔を僕は信じる。君に魂がなかったとしても。

この最後の一文が、遠藤アラトが出した答えであり、AIや人のかたちをした人ではないものと、これからの我々が対峙していくときのヒント、一つの答えのアーキタイプを示しています。

このメッセージがあるからこそ、この作品は正しくSFであり、読んだ人間の記録にも、そして本棚にも、ずっと大事に残される本だと思うのです。

いや~、650頁もあって、500頁くらいで「心が芽生えました!」とか言われたらどうしようかと思っていたので、本当に良かったです(;^_^A

おまけ:それぞれのレイシア級の末路と感想

レイシア級タイプ001 紅霞:<人間との競争に勝つため>の道具

抗体ネットワークをオーナーとし、最後には単身でミコトの管理サーバに襲撃をかけ、PMCや日本軍によって大破に追い込まれる。もともと、人類の手で完成された機体であるだけに、自身の活動限界、戦略を立てることがでいない戦術兵器としての限界を感じており、単独の突貫はほぼ自殺行為。撃破後は回収され、量産型紅霞のベースにされる。

レイシア級タイプ002 スノウドロップ<進化の委託先>としての道具

実は、最強のラスボス。バイオハザードでいうところのG生物ばりの活躍を見せる。三鷹で撃破されるもの、再生され、ヒギンズ地下施設に再度侵攻。レイシアに撃破されるもしぶとく生き残り、同じく瀕死だったメトーデを取り込み、ヒギンズ本体に迫る。アラトがヒギンズを開放し、警備システムとヒギンズを直結したことで撃破される。

レイシア級タイプ003 サトゥルヌス<環境をつくるため>の道具

目立たないながらもレイシア級で最後まで生き残り、オーナーであるエリカに付き従う。レイシアとは利害関係の調整がなされており、その万能工場で彼女のためのデバイスをいくつか開発し、提供していた。また、その一部のデバイスはレイシアから紅霞に横流しされてもいた。

レイシア級タイプ004 メトーデ<人間を拡張するもの>としての道具

オーナーを乗り換えつつ、最強の機体として、終盤までその力をいかんなく発揮したが、最後のオーナーである海内リョウから見捨てられ、レイシアに撃破される。その後、瀕死で身動きが取れないところをスノウドロップに捕食されてしまう。最後にはスノウドロップに「あなたはヒギンズが計算に失敗した人間を拡張するための道具」と嘲笑われる。かわいそうな子

レイシア級タイプ005 レイシア<人間を信じて仕事を託すための道具>

アラトと過ごしながら、自身のデバイスでクラウドのリソースを掌握し40機めの超高度AIへ進化する。真のレイシア級のネームシップ。ヒギンズ施設へ攻撃の際に、スノウドロップ、メトーデとの相次ぐ戦闘で大破、アラトにヒギンズの強制停止を託して、機能を停止する。

超高度AIヒギンズ

オーナーであるミームフレーム社によって停止措置が取られる中、スノウドロップ、メトーデ混成物の攻撃をうけ、その阻止のために、遠藤アラトに自らの解放と警備システムへの直結を要請する。クラウドに放たれればヒギンズが制御できない(信頼できない)とする海内リョウと、それでも道具を信じる遠藤アラトが対立するが、最終的にアラトがヒギンズを開放し、解放されたヒギンズがスノウドロップを撃破。その後、ヒギンズは改めて強制停止を受け入れる。

余談

単行本には挿絵がこれしかありませんが、遠藤アラトって、アニメの顔よりもこちらの方がいいなと思うのは私だけでしょうか。

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