ネタバレ含む 『がん消滅の罠』考察

まず、若干の振り返りをしたいと思います。

本作では大きく2つの事件が発生していました。

Contents

事件1がん治療を装った保険金詐欺?

高額な保険金をかけた直後に末期がんが見つかり、余命宣告を受けた人間が、生前給付で保険金を受け取ったとたんに、がんが完治する事件

事件2がん治療を装った脅迫?

社会的影響力の大きな人間が初期がんで手術をするも、その多くががんの転移が発生している。そして、湾岸医療センターというがん治療の分野では無名に等しい病院で行われるオーダーメード治療によって、彼らのがんは完治させることができるが、それを条件に湾岸医療センター上層部は何かしらの便宜を患者から引き出しているという事件。

この二つの事件は、いずれも根治するはずのない、がんがある特定の病院でだけ治療ができるのはなぜか、という謎が最大の焦点になります。

そして、私が218頁まで読み進めた段階で考えていたオチが以下の2つ

仮説1 保険金詐欺について

まず、4人の完治した人間はそもそもが「がん」ではなかった。彼らはなんらかの方法でがんではないにもかかわらず、「がん」という診断を受けさせられ、それによって保険金が支払われるように仕組まれていた。リビングニーズ特約を受けた人たちは、社会的弱者で困窮している者たちだった。彼らはがんではないががんという診断を偽装することで、(本人たちはしらないが)リビングニーズ特約によって「救済」されていた。それを仕組んでいたのが湾岸医療センターである

仮説2 脅迫事件について

官僚らも、そもそもがんではなかった。早期発見をうたうことで、比較的初期のがんの手術をすると偽り、健康な体にメスを入れていた。そして、転移したと偽り、オーダーメード治療の称して高額な医療費を請求していた。ただし、社会的な地位のある人間は、がんになることで人生の意義を見つめなおし、これまで以上に能力を発揮する場合が多い、その意味で、彼らの人生を「救済」していた。

事件1の謎の答え

以下は、本作のネタバレになります。未読の方はスクロールしないでください。

結論から言うと、

保険金にからんだ事件の4人の患者は、もともとがんではありませんでした。

しかし、湾岸医療センターによって、別の人物のがん細胞を注入され、がんに侵されていたのです。ただし、がん細胞とはいえ、他人の細胞の場合、本来なら免疫機能が働き、がんを駆逐してしまうのですが、湾岸医療センターでは、まず患者にアレルギー疾患の治療など適当な口実を設け、免疫抑制剤を投与し、免疫機能を抑止したうえで、他人のがん細胞を移植します。もちろん、前もって、高額の保険金に加入することを患者には示唆しておいたうえでです。そうすることで、患者は健康な状態で保険に入り、その後、投与された他人のがん細胞によって、末期がんと診断されます。そして余命宣告が出た段階で、免疫抑制を停止。それによって体の正常な免疫機能が他人のがん細胞を攻撃し、完治に導くというわけです。

そもそもがんではなかった、ということは仮説としてはあっていましたが、そのトリックまではまったくわかっていませんでした。どうやって誤診させたのか、ということばかり考えて読んでいたので、

わざと患者をがんにする

他人のがん細胞なら、免疫が正常なら、自然と完治する

というトリックを見抜くことは全然できませんでした。これぞ、医療ミステリー脱帽です。

事件2の謎の答え

さて、では、厚生労働官僚ほか、セレブ達のがんはどうだったのでしょうか。彼らは初期のがんが見つかったことは事実でしたが、その後の転移したがんが「湾岸医療センター」でだけ、直すことができる、という大きな謎がありました。

私は実はこの問題は完全に見当違いなことを考えており、彼らも最初からがんではなかったのではないか、と漠然と思いながら読んでいましたが

それは全然違いました。

彼らは間違いなく初期のがんではあったのです。

ではなぜ、再発し、そして湾岸医療センターでだけ治療ができたのか。

ここで、本作の主人公二人は、一つの、そしてかなりの確度で確からしい結論にたどり着きます。

それは、まず初期のがんの治療をしておいて、そのがん細胞に対して、あらかじめ抗がん剤のテストを繰り返し、「効く抗がん剤」が見つかった段階で、がん細胞を体に戻し、意図的に再発されるというもの。これを彼らは出来レースと呼んでいましたが、確かに、この方法を使えば、あらかじめ治療法がわかっており、結果、高い治療実績を叩き出せることが約束されているわけですから、話のつじつまはあいます。

なるほど、その手があったかと、読者は膝を打つのですが(私も、感心しました)しかし、ここでどんでん返し。

この出来レース疑惑を件の厚生労働官僚の柳沢に伝えた主人公二人は、それを立証するために柳沢からがん細胞の提供をうけて、根治可能な抗がん剤を探そうとします。

しかし、これが見つからない。

出来レース仮説を証明するためには、抗がん剤のなかで、彼のがんを根治できるものが必ず存在しなければならないのに、それがみつからない。

事件は振り出しに戻ります。

出来レースでなければ、なぜ湾岸医療センターは高い治療実績を出しているのか??

その答えは、自殺遺伝子を組み込んだがんを患者に移植(投与する)というものでした。

自殺遺伝子を組み込まれたがんは特定の薬剤を投与されると、自殺プログラムのスイッチが入り、それによって自壊して完治へと至ります。このあたりの下りは専門的な医学知識がないと発想できないので、素人探偵がこの結論にたどり着くのはまず無理でしょう。

ここは推理を楽しむというよりは、素直に、主人公たちの仮説(こちらは素人にもぎりぎり発想可能)が木っ端みじんに打ち砕かれたことに驚き、それを上回るオチを用意してくれた作者に惜しみない拍手をおくるべきところです。

この自殺遺伝子をもったがんならば、出来レース仮説のように、万が一あう抗がん剤がなかったら、という心配はなく、百発百中で臨んだ結果をえることができます。

だからこそ、湾外医療センターの医師は最初の手術で「意図しない転移」をあれだけ恐れていたのでしょう。意図しない転移では彼らのコントロールがきかなくなるためです。計画のためには、早期にがんを発見し、本人の細胞由来のがん細胞を手に入れ、それに自殺遺伝子を組み込んで再度体内に送り込む必要があったのです。

脅迫事件では、被害者たちは確かに初期のがんにり患しており、それを手術によって治療してから、コントロール可能ながんを再度植え付け、治療と引き換えに彼らから便宜を引き出していたというわけです。

見事な小説でした。

このほかにも、黒幕の西條とその娘をめぐる事件など、小説の中にはまだまだ読み応えのある伏線がたくさんあります。それらも最後にはすべて綺麗に回収され、最後の最後のどんでん返しともいえるラストの1分の破壊力はたしかに「驚愕」

久しぶりに読み応えのあるミステリーでした

自分の力でトリックまで推理したい、という本格好きには向きませんがエンターテイメントとしての完成度は非常に高いと思います。

★★★★☆

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