この作中に登場する「カミュの刺客」は、何者かによって送り込まれた刺客であり、あらゆる手段を使って対象に接触し、その任務を遂行する存在とされ、「カミュの刺客」自身は自分が誰に雇われたのか、何のためにその対象者を殺害するのか、知らされていないこともあるとされています。
そして、
若橋は、新藤七緒こそがその「カミュに刺客」ではないかと考え、
取材を進めます。
しかし、彼女から、心中が本当だったことの証拠となるビデオを見せられ、彼女が潔白であることを信じることになるのですが、ここから物語は一気に加速します。
若橋は彼女を疑った罪悪感とあいまって、自分を頼る七緒にほだされ、男女の関係になってししまいます。
しかし、彼は彼女に魅入られれば魅入られるほどまとわりついてくる死の影に気づき。ドキュメンタリー作家も、彼女への愛情を証明するために心中という形をとったのではないか、つまり、心中に巻き込まれたと思われていた彼女こそが、作家を死の淵に追い込んだのではないかという考えに至ります。その意味で、彼女こそカミュの刺客ではないかと。
しかし、7年まえの心中事件の後遺症を患う七緒への情が募り、この苦しみから彼女を開放したいと強く願い、彼女への愛情を証明するために、彼もまた彼女と心中する道を選ぼうとします。
そして、二人は7年前、ドキュメンタリー作家と七緒が心中した山荘へ向かい、最後に若橋が睡眠薬を飲みほしたあと、七緒に対してこれまでの疑惑をぶつけ、彼女はついに自分が、ドキュメンタリー作家の妻であり、自身の恩人でもある女優の永津佐和子のために、心中に見せかけて作家を殺したことを告白するのです。そして、一向に睡眠薬を飲もうとしない七緒を見つめながら若橋の意識は途絶えます
しかし、その後、
山荘から“女性”の遺体が発見され、
物語の様相は一変します。
しかも、その遺体は死後2週間以上たったもの。
新藤七緒は、若橋との心中を図る前に、すでに死んでいたのです。
そして、七緒殺害容疑で逮捕される若橋は、拘置所で自殺。
若橋が新藤七緒を殺害したことが明らかとなります
彼の書いたカミュの刺客は、七緒の罪の告白が納められていますが、彼女はその告白をする以前い死亡していたのです。若橋はその七緒の死体(首だけ)を持ち歩きながら、あたかも七緒が生きているかのように取材し、心中の過程を一人で描いていたのです。
しかし、その動機がわからない。このルポルタージュを読んだ著者はその謎を解くカギとなる、七緒の手紙と、若橋の最後の原稿を見つけます。
七緒の手紙には、かつてある人のために、人に許されない罪をおかしてしまったこと、自分が黙っていると、若橋の取材がその人にも及んで迷惑をかけるかもしれないこと、しかし、いまは若橋を愛していることが綴られていました。
つまり、七緒はやはり「カミュの刺客」だったのです。
これに対して、若橋もみずからの最後の原稿で
「生還することなど、もはやかなわない」と言い、
心中に見せかけて当初は七緒だけを殺すつもりだった
ということをほのめかしています。
そして、自分は「カミュの刺客」失格であると言って筆をおきます。
つまり、彼もまた、ある人物に依頼されて新藤七緒にアプローチし、
彼女を心中に見立てて殺害しようとしていたカミュの刺客であり
それをカモフラージュするための物語が、彼の書いたルポルタージュ
「カミュの刺客」だったのです。
残る疑問 黒幕は誰か?
では、彼を刺客として差し向けたのはいったい誰だったのでしょうか。
永津佐和子
神湯堯
誰も差し向けていない
私は、やはり、
もっとも真相に近いのは2番目の神湯黒幕説
ではないかと思います。これは作中で若橋が神湯に近い政治結社の事務所で
「視覚の死角」と自分の使命を考えろ、
と言われたエピソードがあるのですが、それを振り返り、自分が取材者の意図を間違えて誤字をしたといっています。これはおそらく
「刺客の刺客」について考えろ、それがお前の使命だ、
という言われたということに気が付いた、と暗示している可能があります。
刺客の刺客、
それが二人目のカミュの刺客、
若橋の本当の姿だったのではないでしょうか